二輪専用のロードサービス その誕生と未来

■創業当初にスタートしたロードサービス構想

昭和47年の会社設立時、我々はこう思っていました。オートバイの楽しみは何と言っても「ツーリング」。遠くヘ出かければ、見るもの、聞くもの、感じるものすべてが新鮮で感動的です。そんな体験を分かち合えるライダーを応援したい…。

しかし、二輪車はクルマと違って、不意の転倒によりクラッチレバーが折れただけでも、走行に支障が出てしまう乗り物です。ですから、お客様がロングツーリングをした時や、転勤した時などでも、その土地で同じサービスが受けられないと困るはず。しかも、全国どこヘ行っても同じ基準の料金体系でなければ、お客様を不安にさせてしまいます。

店が数店だった創業当時の頃、閉店時間が近づいた午後8時、愛知県の岡崎本店へお客様から電話が入りました。神奈川県の箱根でオートバイが故障! これは大変と、片道200kmを夜中に走ってお迎えに出かけましたが、お客様にとっても我々にとっても、それはもう大変でした。そんな事例もあり、会社の方針は決まりました。「…であれば、全国に店舗を作っていこう!」と。

場所は特定の工リアに集中せず、ロードサービス網が全国に出来るように…。こうして、レッドバロンのロードサービス構想は創業当初にスター卜したのです。

■「直してツーリングを続けたい」の要望に応える

そして、ロードサービス網を構築すべく店舗数を増やしていきました。
しかしながら、販売台数の伸長と出店スピードが合わず、一時期はロードサービス専門の会社に委託することも考えました。そこで、改めてお客様にリサーチしてみると「店のメ力二ックに直接来てほしい」との声が圧倒的に多く、やはりオートバイでのトラブル時には、トラックですぐさま引き上げるのではなく、「現場で直せるものは直して、ツーリングを続けたい!」。これが、ライダーの声だと確信したのです。

ところが、現実は厳しいものでした。一口に全国ネットのロードサービスと言っても、すぐに店舗が増えるわけではありません。昭和57年、すでに店舗数は21店になっていましたが、日本全国をカバーするには到着時間の面でも無理がありました。店舗は容易に作れても、店長や工場長といった管理責任者は急には育成できなかったからです。
そこで、すでに全国各地で店を開業している人の中から、当社の経営政策に賛同し、共にやっていこうという気持ちのある人を求め、FC(フランチャイズ)方式を取りました。こうして、15店の賛同を得て、ロードサービス網が各地に広がっていったのです。

平成7年には、全国150店舗達成記念として「150km無料ロードサービス」を開始。これでツーリング先からロードサービスの依頼を受けても90分以内に到着できるようになりました。また、これまで有料だった引上げ代を無料にし、お客様に還元。「これで安心してロングツーリングヘ行けるようになった」と喜びの声を数多く頂けました。しかし、良いことばかりではありませんでした。「すぐに来てくれない」「店をたらい回しにされた」等のクレームが出てしまったのです。そして、よくよく調べてみると「今はお店に自分しかいないので…」と、現場への出動を断っていた店がありました。創業以来の理念が、大きく揺らいだ出来事でした。

その根底にあったのが、直営店とFC店とのギャップでした。直営店は全員がレッドバロンの社員ですから、意思統ーは簡単です。しかし、FC店はもともと自分で商売をしていた人…。もちろん、その後もFC店への指導に尽力しましたが、なかなかうまくいかない日々が続きました。



■全店直営化! 感動を与えるロードサービス

時が過ぎ、平成14年9月、レッドバロンは悲願であった「全店直営化」に成功しました。今までご迷惑をお掛けしたお客様の声を社員一同が真摯に受け止め、慢心することなく「感動を与えるロードサービス」を旗印とし、さらなるロードサービス網の拡充を目指しました。

現在は300店舗以上で全国を結び、平均30分での到着が達成できています。

しかし、店頭に設置してあるユーザー力一ドのご意見からは、お客様にとって不便と思われている地域への出店要請がまだまだたくさんあります。これからは、その希望に近づくため、「より安心な全国ネットサービス」の実現に向け更に邁進してまいります。